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3. 勇者の本懐

Penulis: 霞花怜
last update Tanggal publikasi: 2026-08-19 14:35:57

 魔王は勇者の前に立った。その顔を眺める。勇者が、魔王を睨み上げた。

(さて、勇者君……シャムル、だっけ。この子は厄介そうかな)

 魔王はシャムルの口に指を翳した。すっと横に引く仕草をする。

シャムルの口が開いた。

「お前たちには屈しない。兄上を取り戻して、魔王をたお……んっ」

 シャムルの顎を掴み上げると、その唇に噛み付いた。重ねた唇から、魔力を吸い上げる。

(やっぱり美味い。この魔力は独占したくなる味だ)

 喉を鳴らしてごくりと飲み込む。味見のつもりが結構な量を吸い上げたらしい。

シャムルが息を荒くして、体を震わせている。

「はぁ、はぁ……ぁ……」

 足の力が抜けているから、魔法枷に支えられて吊られている状態だ。

(うっかり食べ過ぎた。食い尽くして死なせないように気を付けないとね)

 魔王はシャムルの顎をすぃと撫でた。

「魔力を吸われるのは、気持ちがいいか?」

 魔力を食われると、人は性的快楽に似た感覚を覚える。快楽は強い依存性がある。

シャムルが俯いたまま、小さく首を振った。

(勇者だしね。この程度の快楽には、屈しないか)

 魔王はシャムルの耳元に顔を寄せた。

「お前の望みを言ってみろ。この魔王が叶えてやる」

 そっと首に手を添える。

少しずつ魔力を籠めると、黒い光が立ち上った。薄らと、首に魔印が浮かぶ。

「私の……望み、は……」

 抵抗できない体が、魔王の魔力を直に吸い込む。

シャムルの目が虚ろに蕩けた。

「お会い、したかった……ずっと。そのために、今日まで……くっ!」

 力を戻したシャムルが歯を食いしばった。

「違う、私は……魔王を倒して、人が食われない世界を作るために、今日まで努力して」

 足に力を籠めて、シャムルが顔を上げた。

「だから、負けない。私がお前の命を奪う。奪われる苦しみを思いしれ」

 魔王は口を引き結んでシャムルを眺めた。

 シャムルの言葉は明らかに魔王を打倒しようという文言なのに。

その瞳は潤んで、まるで憧憬に染まって見える。

(この、瞳は……)

 おぼろげな景色、既にぼんやりと曖昧な記憶の向こう。

あの時の少年の瞳と重なった。

「お前の望みは、魔王に会うことか?」

「違う!」

 シャムルが大きな声で拒絶した。

「魔王を倒すために来た。殺すために来た。会いたいなんて……話したいなんて、恋しいなんて、少しも……ぁ!」

 首に巻き付いた黒い魔印が、焼けるような音を発した。

シャムルの目が憧憬を灯したまま、辛そうに歪む。

「私を……魔王様の奴隷に、して、ください……御側に、おいて、ください……」

 シャムルの口から忠誠の文言が紡ぎ出された。

魔印が色を濃くして、シャムルの首に定着した。

「どうして……口が、勝手に……」

 シャムルが悔しそうに唇を噛んだ。

「魔印が定着した。これでお前は、我の奴隷だ。魔印が心臓を焼けば、魔族になれる。我の傍にいられるぞ」

 本人すら意識しないような心の奥の望みを暴き、自らが受け入れなければ魔印は定着しない。

 魔王を睨んでいたシャムルの顔が、ふっと笑みを灯した。まるで冷ややかな、氷の微笑だ。

「ならば、私は……一番近くで、魔王様に仕えましょう――貴方様の命を、奪うために」

 シャムルの目が、仄暗く光った。

その目に、ぞわりと肌が粟立った。

(忠誠の言葉を吐いて、魔印が定着した。会いに来たのは本音か)

 話がしたいのか、殺したいのか。その真意は、まだわからない。

魔王にとっては、どちらでもいい。

(本音がどうでも、この人間は、面白い)

 魔王の口元に、自然と笑みが灯った。

「人のまま我を殺すか。魔族となって我を殺すか。選ぶのはお前だ、シャムル」

 シャムルの首を掴んで強く締め上げた。魔印が更に深まり、二本になった。

「魔印が心臓を焼くまでに、己の本懐を遂げるといい」

「仰せのままに、魔王様」

 シャムルの目が、魔王を見上げて笑んだ。

 好戦的な瞳に、魔王の脳がビリビリと刺激される。

最高に面白い玩具を手に入れた気になった。

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